幸運も不運も、その人の日頃の行いとは関係なしにランダムに降ってくるものだ、という持論を昔から持っている。
日頃の行いをどんなに頑張って良くしていても災難にぶち当たるときはぶち当たるし、逆にズルして生きてるときに限って幸運が訪れたりすることもある。
だから日頃の行いを良くしても意味ない、ということが言いたいのではなく。
日頃の行いをどれだけ良くしていても不運に泣かされるときは泣かされる。それはもうどうしようもないし、仕方ない。
そういうときに泣きつけたり弱音を言える人が近くにいれば素敵だよね、と思う。